電車の恐怖

今日は給料日だったので母と一緒にケーキを
食べようとイチゴのタルトをワンホール買い、
るんるん気分で帰宅した。

 いつもならうれしがる母がちっとも喜ばない。
ヘンだなあ、せっかく買って来たのに・・・と
思って何度か促してようやく中身を見た。

 私がケーキ前に夕食のカレーを食べようとしていたら
母が言う。

「あんた、あの黒いロングコート破いた?」

「え?」

「今日クリーニングに出そうと思ったら横がけっこう破けてたよ」


 このコートは去年のお正月にバーゲンで
買ったもの。半額でも5万くらいしたもので
生地の風合いや手触り、形など
とても気に入っていた。大事に着ていたし、
また今度の冬も、と思っていたのに。
ただ単純に本当にショックな気持ちがまずあった。

 一瞬で焦りと動揺でいっぱいになり、母がそのコートを
持ってきた。そして右のポケットの後ろ、腰の位置あたりに
不自然なほど大きい破れがある。最初はひっかけたのか?と
思ったけど、普通それなら破けた生地がそこに残ってるはず。
なのにごっそりその部分の生地が消えている。裏地も
見たらヘンな感じで破けている。

 母が言うにはひっかかった感じじゃない。
それならもっと縦に破けるはず。
ハサミだとこうはならない。カミソリだ、と。

 ちょうど死角になる位置。
そして満員電車で通勤する私の後ろにいる人の手が
ある、そんな位置。



 でも私には「まさかー」と済ませられないことがあった。

 とても気に入って買った黒いカバンが
1週間足らずのうちに破けた。しかもちょっとひっかった
だけではそうはならないいくつにも引き裂かれた傷。
そしてそれも肩にかけるカバンで
傷になっているところはちょうど腰くらいの位置。
ちょっとやそっとでやぶけそうもない生地のもの。

 そしてもう1つ。
結構長く付きまとわれているおじさんがいること。
私が朝乗るのと同じ車両に乗ってきて、
絶対に側に立っている。そしてこっちを見ている。
上から下から、下から上から、とても視線を感じる。
なめまわすかのような視線。私が車両を変えた。
するとその人も変えてきた。さすがに怖くなってきて
その人が入ったのを確認してから別のところに乗り込んだ。
それを繰り返していたある日、その人がいなかった。
ホッとして車両に入り、直進しドア前に立った。
トンネルに入り、外が暗く黒くなり、ガラスが鏡のようになった。
すると私のまうしろにその人が立っていた。

 乗る駅は一緒だし、乗り換えも一緒。
だけど、降りる駅は向こうが1駅手前だった。
ある時から私と同じ駅で降りるようになった。

 ある日から帰りの時間がその人と重なるようになった。
降りる駅は同じ。改札口を出ると少し離れた所から視線が。
おじさんがこっちを斜め目線でじっ・・・と見ていた。
怖くてこのまま家にまっすぐ帰ってはいけない!!と
思い、近所のスーパーやドラッグストアで寄り道した。

 こんなことが何回あっただろうか。
コートだってもしかしたら自分がひっかけてやった
可能性がゼロというわけでもなく、原因が
解明されるでもなく、おじさんがなんなのか分かることもない。

 何もかもが中途半端・曖昧で怖い。
今は服だからまだ良かったけど、
これが体とか顔に及んだら・・・
車内にカミソリを持ち込んでいる人がいるかも知れないという
恐怖。どうせ車両や時間を変えてもいずれは同じなのでは?
いろいろ考えるとこわくてゴハンがノドを通らなかった。