ごまたまごはカレ

元来 頑固・意地っ張り・素直じゃない私。
そんな私だけど身近な人の
送別会等ではかなり涙もろくなってしまう。

 今朝、カレは事務所にいた。途中で外出した。
後にカレの挨拶で分かった事だが、
得意先に配達に行っていたらしい。
これがカレのこの支店での最後の仕事となった。

 今日は1日本当に忙しかった。
送別会のことなど考える余裕などなかった。

 会場は梅田(大阪の繁華街)の
和風居酒屋(堀ごたつ)だった。
 ところが、信じられないくらい狭く、部屋の通路も
考えられないくらい狭い通るのに苦労するような幅。
 通常、送られる人はずっと前に座っていて
みんな順番にお酌に回ってきてもらうのに
今日は送られる人がテーブルを順にまわっていた。
私は小さなテーブルをおじさん、
そして女先輩2名と4人で陣取っていた。
 今回の転勤者は3名。
みんな仲良くしてもらっていた。
風俗大好きI課長。酒豪仲間のK課長。
K課長には本当にいろいろお世話になったし寂しい。
そしてカレ。上記の順で回ってきてくれた。
 
 カレがテーブルに回ってきたのに、
私はついつい気づいていないフリをして
他の男性社員の人と話をしていた。
私の素直でない気質に、『フラれた』という
事実が生み出す変な意識がますます私を意固地にさせた。
カレは本当に女性から『カワイイ』と言われるタイプ。
カレの入社当初のかわいい思い出に先輩2人と3人で
花を咲かせていた。聞いてはいたが無言の私。
 でもまた別の自分が「今日で最後なんですよ」と
言ってくれた。勇気を持って輪に入った。
カレはまた「向こうからごまたまご送りますね」と
言ってくれた。一体このセリフを何度聞いただろうか。
耳にタコができる、という言葉があるけれど、
私の耳はすでにタコだらけでもおかしくないほど。

 私はカレに
「泣かさんといてな」
「僕、絶対泣きますよ」
そう答えたカレの瞳は赤く、潤んでいた。

 転勤者の最後の挨拶が始まった。
I課長はおちゃらけた挨拶でみんなを笑わせた。
K課長は熱い人なので、さわやかに熱く最後を締めた。
K課長は私は個人的にとても仲良くしてもらっていて、
本当にさびしかったので、ガマンも空しく涙をこらえる
事が出来なかった。

 そしてトリを務めるカレからの最後の挨拶。
最初は笑顔で
「大阪支店は1年半という短いものでしたが・・」
から始まるが、途中ぷっつり話が途絶える。
涙で話が出来なくなっていた。
しばらくの間、袖で目元を覆い、かなり泣いていた。
「同期にも支店のメンバーにも恵まれ、僕は本当に幸せです」
みんなじーんとしてうっすら涙ぐんでいた。
新入社員の男の子は2人とももらい泣き号泣だった。
 この時に私が思った事。
特別な感情を持っている人よりも持っていない人の
別れの言葉の方が素直に頭に入ってくる。
カレの話の1つ1つに何か思いを馳せてしまっていた。
変な意味ではなく、いちいち勘ぐってしまう、というか。
単語単語が心に引っかかるのだった。
私のあの行動もちゃんと重要な思い出として
記憶に刻んでいてくれてるのかな、なーんて。


 2次会はカラオケボックス
スクリーンを前にU字のソファがある
どこにでもある普通のカラオケボックス定番の部屋。
偶然、カレの左横に座ることができた。
 ゲーム画面のような機械にペンでタッチして
曲を入れていくシステム。カレは何か操作していた。
 カレが見ているのはモンゴル800のタイトル一覧。
ここでも意地っ張りの私は勇気を出して話しかけてみた。

「何歌うの?」
「これ、知ってます?」
「知らん、聞いたことないなあ」
「じゃあこれは知ってますか?」
「ああ、知ってる」
「じゃあ これ歌います」    
また微妙な気持ちにさせる。

 カレが選んだのはモンゴル800の『あなたに』
「♪あなたに会いたくて♪」 という歌詞は
今付き合っている関東の彼女の事?
それともなんともなしにこの歌詞を歌ってる?
カレはとても歌がうまかった。

 騒音の部屋の中、隣同士で少し話したりもした。
どうしても大接近になる。カレの言っている事が全く
聞こえず、耳をカレの口元にもっていった私の行動は
本当に自然だった。ワザとそうした、などは一切ない。
 それよりも狭いので時々肩がぶつかる、
脚・ヒザが少し触れた、とかの方が
私を「あ」と思わせた。
あと1曲くらい他にも歌っていた。
どうして覚えてないのか不思議だけど、
何を歌っていたか一切思い出せない。
 
 会社のコデブの先輩がノリノリで見ていておかしかった。
カレはその先輩を見て「カワイイ。コロコロしてる」と
陽気に言い放った。そう言って喜んでるあんたが
かわいいよ、と心の中でそっと思い、フンと笑った。

 逆サイドの席から先輩達がカレに「こっちへ来い」と
何度も何度もしつこく促す。
でもカレは「へへへへ」と笑ってごまかすばかり。
全く移動しない。
いつものカレならササッと行くのに。
これも自意識過剰なのかも知れないけれど、
それでも今の私にとっては密かにうれしいことだった。

 途中、私はトイレに立ち、戻ってくると
カレの横には先輩(男)Wさんが座っていてカレとの間に
一人挟むことになった。
トイレに行く時点で覚悟してたけど
それでもやっぱり隣にいたかった。

 カレが仲のいい同期の男の子と歌ったのは
ゆずの「青」
この歌を私はしらなかった。
先輩を挟んだ席から写真を撮った。
この行動が致命的に消極的な私にとって
どれだけ勇気のいる作業だったか。
 すると真正面のどまん前の席に座っていた
K課長が私を大声で呼び、
「ここへ座れ!!」とばかりに
自分の横をバンバン!!と乱暴に叩いた。
そこへ移動し、そこからカメラを構えると
断然撮りやすかった。
K課長、
あなたは何か気づいていたんじゃないですか?
私は一切カレとの件について
会社の人には誰にも何も言ってないけど。
横と縦、1枚ずつ激写した。
使い捨てなので現像にしてのお楽しみ。
うまく撮れているだろうか。

 私ともう一人の女の先輩は皆よりも少し、
家が遠いので電車がなくなるのが早い。
中座することにした。
どうしても最後の挨拶を、と思ったが会社のほとんど
全員が狭い空間に勢ぞろいで、
しかも次々に歌っていく中、
私がずっと思っていた
理想的な最後の言葉をかける余地はなかった。
「○○くん、私もう帰るから。今までありがとうな」と
いうような内容を早口で言ったと思う。
そうしたらカレは多分「ありがとうございました」か
何か言ったんだろう。言葉の内容は慌しすぎて覚えてない。
そしてスッとカレが右手を差し出してきた。
突然のことに驚いた。私はカレの手をギュッと握り、
「今までありがとう。元気でね!」と笑顔で言えたと
思う。すると横にいたカレの同期がシャレのつもりか
手を出してきた。「これからもよろしくね!」と
言って握った。するとW先輩も握手を求めてきた。
その後またカレの同期に握手を求められた。
 今思うとカレの手の感覚をこの手にしっかり残しておきたかった。


 ずっとバカにしてきた「キャー!!
○○と握手しちゃった〜もう手洗わな〜い!!」という
ようなアイドルなどと握手した時にファンの女が
吐くこのセリフ。「ミーハーバカ女」と蔑んで
見てきたけれど、核の部分は一緒なのかもしれないな。
でも私はカレとお互いを認識し合っているけれど、
ミーハーは一方通行で向こうは自分のことさえしらない
わけだし、やっぱり違うとまた思い直した。

  
 一人になって、私はカレの事をやっぱり思った。
完全にふっきれた、と思っていた。未練はない、と。
今、私がこんなにカレを思うのは過去と感傷的な
気持ちとが融合しているから。
 そう思うけれど、実際分からない。
気持ちがまだ少しは残っているのかなあ。


 私がもっと最初から素直に、つまらない意地など
はらなければ、カレとはうまくいっていたと思う。
1年ほどずっとカレは私に寄ってくれてきていたのに、
カレがあきらめて他へいった途端に急に自分の気持ちが
揺らぐなんて。社内なのが気になる、という事と
それ以上に私の性格がもっとかわいげがあるものなら
今頃はもっと違った毎日だっただろうと思う。


 これからの私にとってごまたまごはカレ。
もう今までのように

『大好きなお菓子』

ではなくなってしまった。
見れば・聞けば、カレを思い出すモノに変わった。



 一抹の後悔はやっぱり残ってしまった。
きちんと納得のいく最後の挨拶ができなかったからだ。
けれど、勇気を持って撮影した写真がある。
これをプレゼントする事を口実に手紙を添える。
最後の挨拶は手紙にしてもらおうと思う。
自分の中で納得できる綺麗なピリオドを打つために。