弟の引退試合

 私の9歳下の弟は小学生の頃からずっとバスケを続けてきた。
飽きっぽくお世辞にも真面目だとは言えない彼だけれども
辞めたい辞めると何度か言いつつも唯一これだけは続けてきたのである。
そんな弟は今年高校三年生となり、今回の試合で敗退する時を
持って引退となる。私はそれをどうしても目に焼き付けておきたかった。
先週の土曜日がその第一試合だったのだが、あいにく私は会社の
月イチ会議にどうしても出席せねばならず観戦を断念することを
余儀なくされた。しかし勝ち越してくれたために今日見に行くことが
できたのである。

 いつも試合を見に行きたいと家族の誰が言っても「ダメだ」と
言い続けてきた弟。しかし今回は「来て」とは言わないけれど
「行く」という話をしても特に何も言わなかった。
やはり最後くらいは見てほしかったのだろう。

 当日。父と母と私の三人で車で会場である体育館へ向かう。
相当遠い場所。着いてみると原チャに乗って到着した
弟の中学時代の友達で別の高校に進学した子が来てくれていた。
体育館へ入ってみると弟の高校側の応援席はバスケの部員たち、
高校の男子生徒、女子生徒、そして先生らも来てくださっていた。
弟はいろんな人に試合を見に来てと声をかけた、と言っていたが
こんなにたくさん集まるとは。
 もう試合直前。レギュラーメンバーが監督に何か言われている。
それを後ろに手を組んで聞いている一同。そして集合の
笛が鳴った。キャプテンである弟は拳を空へ高々と上げた。
そして他のスタメンがその拳に自分たちの拳を合わせる。
そして「オー!!」の様な声を上げてコートに散っていった。

 試合開始のホイッスルが鳴り響く。
相手は結構強いチームだと聞いていたが完全にこちらのペース。
あれよあれよとシュートを決めていく。魅せる選手たち。
その度に歓声に沸くこちらサイド。私たち親子は弟に
『俺の家族やってバレるの禁止令』をしかれていたので
私は押し黙っていた。それなのに母はあっさりと条例を無視し、
「キャッ!!今○○がシュート入れたっ!!」
「あっあっ!!○○がボールカットしたねえ!!」
と大声で叫ぶだけにとどまらず 弟の名前を連呼する始末。
挙句の果てに私の腕や肩を叩きながらそんな言葉を叫びだす。
普段超クールな母なのにやっぱり母なんだ、息子なんだな、と
今は思う。その時はうっとうしくてうっとうしくって(ウンザリ)
 今、弟は相手キャプテンと超至近距離でタイマン張っている。
ボールはマイ弟の手中にあり、にらみ合い状態。
ふいに弟は左・右へと4回ゆ・・・っくりとボールを移動したかと
思いきや、次の瞬間、一気にスピードを出しドリブル、そのまま


シュート!!
ナイスシュート!!
ナイッシュー!!

大歓声が会場に響き渡る。私もついつい声を上げて喜ぶ。
母は死にそうなほどに狂喜乱舞。
そこに一人明らかに違うテンションの「きゃーーー!!」

          
           「・・・・・」

 それにしても何という応援の差。こちらは女子生徒が
おそろいで真っ赤のメガホンを持ち、自身のキャーの声とともに
大音響をこだまさせる。相手校は男子校なので野太い声が聞こえる。
地響きみたいな感じ。応援は勝ち、と。
それにこちらはチームメイトがミスを犯しても
「ドンマイ」という感じで励ましあうのだけれど
向こうは選手からも応援席からも罵声が浴びせられていた。
「何やってんねん!!」「ボサッとすんな!!アホ!!」
そこにスポーツマンシップはあるのかっ?!

 相手の倍ほどの点を獲っているので もう安心だろうと
トイレに行き軽く化粧直し。メールなどを打ったりして
数分後に戻ると愕然とした。あんなにあった点差がもう5点差ほどになっている。
一体何事なんだろうか。そして優勢だったのに劣勢になっている。
シュートを入れては入れられ、入れては入れられの攻防が続く。
残り時間が少なくなってくるととたんにヒートアップする両者。
序盤とは明らかに必死さが違っていた。
 結果的にわずかに及ばず 弟のチームは負けてしまった。
ブーと試合終了のブザーが鳴る。
私の胸の奥にグサリと突き刺さった感覚があった。
チーム同士お互い挨拶を交わした後に、バスケ部が
応援席の方を向いて一列に並んだ。
キャプテンである弟が
「ありがとうございました!!」と叫ぶと他のメンバーが
「ありがとうございました!!」
応援席からいつまでも鳴り止まない拍手の嵐。
私もさすがにというかやはりと言うべきか涙を抑えることが出来なかった。
あの小さかった弟が何て立派になったのだろうか、と
初めて心の底から思った。応援席を去る時、学生らの応援席を通過する。
すると女子生徒らがみんな大号泣していた。それを見てまたグッと来た。
階上の応援席からコート外野で母が
「カメラ渡すの忘れたから渡さなきゃ」と言い出した。
しかし『禁止令』により気軽に声をかけてはならなかったので
頃合いを見計らうことに。外野から弟たちのことをしばらく見続けて
いたのだが、他の3年生諸君は集まって泣いていたけれど、弟は
壁にもたれ体育館座りをし、両拳を両頬に当てて頬杖をひざでつくような
形で一人じっとしていた。昔からよく見るあの子が泣くのを
必死でガマンする体勢であると知っている。キャプテンとして
泣いてはならないと必死でガマンしていたらしい(後で聞いた)
マネージャーの女の子たちもいつまでも泣き止むことが出来なかった。
 どうにかこうにかカメラを渡したらしい母。帰る前にトイレに
行っておくという母を待っていると廊下の隅に集まる学生たち。
監督を中心に弟たちが半円を描き最後の話を聞いていた。
それを見るのは何とも言い表せない気持ちだった。
そこを偶然通りかかった中学時代よりの弟の友人がチラッと見て
また振り返ってみていた。そして何も言わず立ち止まらず去っていった。
2週続けて遠い中 原チャを飛ばして来てくれた彼に姉からも大感謝大感激。

 弟が打ち上げをして遅く帰ってきた。
お菓子とジュースを買って、広場で打ち上げをしたらしい。
今日、マネージャーにもらったというルーズリーフ一枚を見せてくれた。
えんぴつの手書きで今日、引退した3年生ら全員の似顔絵と
弟へのマネージャー一人一人からのメッセージが添えられている。
そこには「今日で引退で終わりなんかイヤやで」とも書かれていた。
そうか、引退のつもりはなかったんだなあ、勝ってもっと
長く続けてほしかったんだなあ、といまさら思った。
そして引退が決定したメンバー全員の大きなプリクラを見せてくれた。
応援ありがと と書かれていた(プリクラに手書きで書き込める機能がある)
応援に来てくれた人全員に配ったらしい。私たち家族の分は無く
私も行ったのに・・と思うと悲しくなった。そしてそれを言うと
「言ってくれたら作ってきたのに」と言った。
あんたらがこんなん作るってどこで私が知り得たというのだ。
弟は私にケータイからいろいろな写真や動画を見せてくれた。
バスケ部の子らと部室でふざけあうもの、体育館で
練習後に遊んでいるところ、浜辺で肩を組み一列になって
夕日を見ている後ろ姿などなど高校生の青春てものを垣間見た。
弟は何度も「俺本当にいままでバスケ続けてきたよかったわ」と
言った。弟は本当に今、高校生生活を謳歌しているんだなあと思った。
あと数ヶ月の高校生活ではあるが、精一杯たくさんの楽しい思い出を
作ってほしいと心から思う。