母の想い出 カンテグランデ

 「まだ私が銀行に勤めてる頃に 友達とお茶しに行ったのよ。
そこで友達はチーズパイを食べてて 私は違うケーキを食べてたのよ。
そしたら友達がね、
 『ちょっと!!これすっごくおいしいよ!一口食べてごらん。』
っていうからね、
それで食べさせてもらったらね、本当にすっごく美味しくってねえ。
他の友達もみんなそのパイをつつかせてもらって おいしいおいしいって
言ってたわ。それから私、そのパイがすっごく好きになっちゃって
よく食べに通ったのよ。懐かしいわ〜。また食べたいけどもう何十年も前の
お店だからもう無いやろうねぇ。。。また食べたいわ〜」


 母が何年も前から私に何度聞かせたか分からない独身時代のエピソードである。
こんな耳にタコなこの話が今の私にとっては胸につかえて
一時たりとも忘れられないものになっているのだった。

 いつかは食べさせてあげたいなあ、と思ってはいた。
私は親孝行はしたいと思っているし 結構その為に動いていると思う。
親孝行 したい時に親は無し こんなセリフを私には無縁にしたい。
母がよく生きてるうちにこれがしたい、というのは
オーストリア・スイスに行きたい、というもの。
叶えてあげたいしそのための貯金もしてあるけれど
私は仕事があるので一緒にはなかなか行ってあげられない。
だからといって母の友達は当然の如く主婦ばかり。実現するのは容易ではないのだ。
そしてそれよりもよく言っているのがカンテグランデというケーキ店の話だった。
昔は泉の広場にあったらしい。母はどうしても食べたくって
20数年経過した今年その地へ赴いた。しかしそこにその店は無かったのだった。
 今月母がガンである、ということが分かった。
手術は来年1月である。あと2ヶ月。それまでに母にその思い出深いケーキを
また食べさせてあげたくなったのであった。ネットで調べると同じ名前の
ケーキ店が難波と梅田に数店あることがわかった。
メニューを見るとケーキがたくさん。どうやら間違いなさそうである。
難波のお店に行って「これだ!!」と思いチーズタルトを購入。
母には内緒で驚かせたかったため前々からこう言っていた。
{今週の日曜は1回こっきりの料理教室でチーズケーキを作ってくる。
カンテグランデみたいな美味しいの作ってくるから待ってて}
そう、カンテグランデを見つけた、という事は秘密にしておいたのだった。
そして帰宅して母にヘタな芝居をうったままに食べたもらった。
ところが「おいしいけどこういうのじゃないのよ。パイなの。タルトじゃないのよ。
でもこれもすごく美味しいねえ。チーズが濃厚で。」
母のケーキはチーズパイで私の買ってきたものはチーズタルトで
全く別のものであった。
 そして私は本当のことを打ち明けた。すると母は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
でもチーズパイはなかった、というと「もう何十年も前のことだから作ってないかもねぇ・・・」
その後も難波や梅田を訪れるたびに顔を出してみたが置いている所を見つけることは
出来なかった。
 どうしても!!という思いがやはり強く24日夕方に中津本店に電話をした。
するとケーキの担当の方はもう帰宅された、とのこと。
15時までならいるのでまたお電話ください、といわれた。
そして昨日11:30頃に電話。すると同じ方が出て 今日はケーキ担当が休みなので
明日お電話いただけますか?度々申し訳ありません。といわれた。
そして今日の11:30頃にかけた。ケーキ担当は若い女性の声だった。
「昔チーズパイっていう商品があったかと思うんですけど、
ネットで見ても載ってないしもう作ってらっしゃらないんですか?」
「そうですねえ・・・そういう商品は無いですねえ・・・」
この女性は相当若そうなのでそんな大昔のことを知るわけもないのだった。
「特別に注文という形で作っていただく事は可能でしょうか?」
少々お待ち下さい、といってから
「お待たせいたしました。申し訳ございませんがチーズパイは
もう昔 終了してしまった商品でこれから先も作る予定は特にありません」
 「そうですか。。。でも私事なんですけれど・・・」といって私は
思い切って事情を説明させてもらう事にした。
「私の母が昔、泉の広場にお店があった頃の思い出のケーキなんです。
先日その母がガンであることが分かりまして どうしても作っていただきたいんです。
無理を言っているのはじゅうじゅう承知しているんですけれど どうしてもお願いしたいんです」
というと女性は
「ああ・・・少々お待ちください。」 そして男性が電話に出てこられた。
「事情はお伺いしました。分かりました。何とかしましょう!
何とか材料を調達しておきます」
といってくださった。安堵と人の優しさに感情が高ぶって少し声が上ずってしまった。
「ありがとうございます!!」
その男性の方は最後に優しく「頑張ってくださいね」と声をかけて下さった。
 来週の木曜、14:00頃に電話をかける、という約束をして電話を切った。
もしもムリだったらどうしよう・・・と思っていたが本当によかった。
そして気持ちが落ち着いてから母に電話。
「ミャミャ、よかったね!!」
「え?何が?」
「カンテグランデのケーキ、ムリ言って作ってくれることになったで!!」
「えっ??本当!?」

母の声は本当に驚きと喜びに溢れていた。
カンテグランデの方が本当に親切な方で心底感激した。
お礼をしてもしきれないくらいありがたい気持ちでいっぱい。
母がケーキを食べた時に「これ、これよ!!」と
言ってくれることを切に願うのである。